2007年06月27日

第六話 Tきよさん(1)

うちの前には、野菜の収穫が終わってしまった為に現在更地になっている畑がある。
次は何作るんだろう?と思っていたら、農家の皆さんが田植えの要領で何か苗のような物を植えている夢を見た。
目を凝らすとそれは…

「ししゃも」

だった。

どうも、サイトウジュンです。


どの代にも必ず現れた、ズバ抜けて巧い生徒。通称「スタープレイヤー」今思うとかなり恥ずかしい名称だ。

自分がその称号(恥)を貰えていたのか定かではないが、6歳上の、とあるOBとの出会いが後の我が人生に大きな影響を与えた。

Tきよ先輩、当時19歳。
12歳の自分からしてみると、プロ並みにドラムが巧かった。
いや、現在の俺から見ても、あれはお世辞抜きにプロ並みだ。
しかも、他の殆んど全ての楽器に精通しており、暇をみては現役後輩の指導にやってきた。
最初の頃は顧問の先生だと思っていた程。
ビックバンド全体の指導ができる19歳、結構スゴイ事なんだけどね。俺にはムリ。


いつも生徒の練習が終わった後、一人でドラムを叩いている背中を見ていた。
「すげー。明日マネしてみよう。」と。
彼自身、サクサク技術を吸収していく俺が面白かったらしく、とてもよく面倒をみてもらった。ありがたい話だ。

そして翌年、20歳の彼は突然、ドラマー則竹裕之氏の弟子に。
当時「T-SQUAREの則竹さん」といえば神のような存在だったので、それはもう驚いた。
後に自分も同じ道に進むなんて思いもせず(笑)

この頃から、自身の上達が飛躍的に加速、現在のプレイスタイルの基盤のようなものができた。

先輩が則竹さんから吸収してきた事を、俺が更に片っ端からトレースしていった為だ。


とんだ猿まね野郎である(俺)
posted by サイトウジュン at 03:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

第五話 二人の顧問

一昨日から風邪をひいて39度まで熱が上がりました。
腰が痛い。もう寝てるの飽きた…

どうも、サイトウジュンです。

■音楽教師N先生(メイン)
この人は何て言うか、とにかくメチャクチャだった。
暇さえあれば、水泳部の部室でベンチプレス。当時50歳過ぎ。
普段の授業はもっぱら映画鑑賞。微塵も音楽の授業ではなかった。
今でもよく覚えている、ある年の中間テストの問題。

「I'll be back の意味は?」

T2じゃん!

教育委員会と相性が最悪で、現在は海外で教師をしているとか…
数年前、史上最年長プロウィンドサーファーとかで海外の雑誌の表紙を飾っていた。

■国語教師Y先生(サポート)
N先生程ではないにしても、やっぱり変わった人だった。
文節にダジャレを盛り込み、常に覇気がない(圧倒的にダルそう)。
話を聞き流すのが巧いので、部が周囲からのバッシング(原因はN先生)によって危機にさらされなかったのは、この先生のおかげだったかもしれないが。

Y先生とは現在もお付き合いがある。ご飯食べたり酒飲んだり。
今となっては覇気のなさも心地好い。



この部活はビックバンド形式
(だいたいこんな感じ)

「ホーンセクション」
・アルト×3
・テナー×3
・バリトン
・トロンボーン×5
・トランペット×5

「リズムセクション」
・ピアノ
・キーボード
・ベース
・ドラム
・コンガ
で演奏されるため、リズムセクションは非常に競争率が高い。
人より上手くないと出番がないのだ。

この図式は設立当初から変わらず、おかげでリズムセクションのレベルの高さは結構有名だった。
posted by サイトウジュン at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

第四話 出逢い

ハンカチ王子とか、ハニカミ王子とか。
じゃあ、うちのボーカルはカミカミ王子だな。

どうも、サイトウジュンです。


思春期の姉弟にありがちな、うまく行かない感じ。
一言で言うと「仲が悪い」
これがネックだった。

母「お姉ちゃんはいいって言ったの?」

姉の許可を取らなくては部活に入れないなんておかしな話だ。
確かに仲の悪い実の姉を「齊藤先輩」と呼ばなくてはならない事には抵抗があった。
にしても、おかしな話だ。

結局「学校内で話し掛けるな」という理不尽な条件の下、入部が許可された。

やっぱりおかしな話だ。


入部当初は先ず見学。
サックスがいいなぁ。
特にアルト、だってカッコイイじゃないか。

ドラムは眼中なかった。
なんかガチャガチャうるさい…

数日後、顧問N先生によるパート振り分けが行われた。
唇の形やら歯並びによってある程度決められてしまうのだ。

「齊藤、お前はトランペットな。ねーちゃんと同じパートって何か面白いじゃないか(笑)」

それ、歯並び関係なくね?

当然、姉は猛反対。いくらなんでも弟の事を毛嫌いしすぎ。
そしてとどめに母のこの一言。

「トランペットもう一台なんて、そんなお金もう無いわよ。」

そうですね、うちには音の出るタンスもありますもんね…



ドラムとの運命的な出逢いである。
posted by サイトウジュン at 04:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

第三話 回想、そして我が姉。

La.mama 無事に終了。
先ずは皆さんにありがとう。
客席に溢れる笑顔はそのまま演奏に添加されます。
もう一度皆さんにありがとう。

どうも、サイトウジュンです。



ピアノを習っていた二つ歳上の姉のために、俺が小学校低学年の頃、家にピアノがやってきた。
音楽が苦手だった俺には縁のない代物。
リビングに鎮座した黒光りするボディー、学校で見る教材的な雰囲気はなりを潜め、強烈な高級感を纏っていた。

中古のアップライトだったが、一般的中流家庭の我が家にとっては決して安い買い物ではなかったはずだ。

中学校に入学した姉は部活でトランペットを始めた。
ジャズオーケストラ部、通称ジャズオケ。
恐らく入門用に毛が生えた程度のものだったとは思うが、やはり安い買い物ではなかっただろう。

この頃ピアノはと言うと、固く閉ざされた蓋の上に、タンスに入りきらない洋服達が日々積み重ねられ、88個の音色を持つ「鍵盤打楽器」から、音も出る「家具」へ存在意義をシフトしていった。

非常に残念な光景である。


小学校卒業後に話は戻るが、ジャズオケに入部して音楽を続けようか、それとも走るのが好きだったので陸上部に入ろうか、どこにも属さず帰宅部という選択肢もあった。

最終的に音楽を選ぶ事になるのだが、動機が非常に弱い。
だって一つ歳上のHくんがテナーサックスやってるんだもん。
Mくんはトロンボーンをやってるんだもん。
同級生Tも入部するって言うんだもん。

じゃあ俺も…

ただそこには大きな壁というか、障害があった。



そう、姉の存在だ。
posted by サイトウジュン at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

第二話 始まってはみたものの…

ラピュタは観てしまうなぁ。
DVD持ってるのに金曜ロードショーで観てしまうなぁ。
持ってるのにテレビで4度目くらいだなぁ。
ものすごく古い作品なのに、回転するプロペラの描写とか鳥肌が立つ程スゴイなぁ。

「ハハハ!人がゴミのようだ!」

スゴイなぁ(;´д`)ノ


どうも、サイトウジュンです。


特別クラブだったので、活動は基本的に週末。あとは夏休みに集中的に練習をした。
九割がた女の子で構成された集まりに、片手で足りる人数の男子。
始めの頃は「こいつ、男のくせに歌ってるんだぜ」と、同級生に冷やかされるのではないかと思っていたのだが、結局そんな心配もなく、どんどんハマッて行った。
でも相変わらず譜面は全く読めなかった。
そのプレッシャーからなのかどうかは分からないが、耳で聞いて覚えてしまう事に長けて行く。
おかげで、譜面が読めない事に誰も、ピアノ伴奏をしている音楽の先生すら気が付かなかった。

年に数回コンクールがあり、実力によって出られない子もいたのだが、音楽的知識ほぼゼロにも関わらず、そこに溢れる事なく全てのステージに立てた。

相当罰当たりなやつだったと思う。

そうして、何の障害もなく、然したる取り柄もなく、良い思い出だけを胸に小学校を卒業した。


十年程前に、話の流れでTに
「俺、当時は全然譜面読めなかったんだぜ。」
と告白した時のやつのビックリ顔は、ビックちゃんもビックリなくらい尋常ではなかった。
posted by サイトウジュン at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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