2008年10月31日

第十七話 ミレニアムと歓喜と試練の日々の始まり。

どうも、サイトウジュンです。

久しぶりに昔話の続きなど。



1999年12月31日、新宿ルミネホール(現在はルミネtheよしもとになってしまったけど・・・)

T-SQUARE年越しライブ。

いよいよ初現場です。
と言っても前任の方が一緒なので、仕込みからリハーサルまで作業を手伝うだけで特別な事もなく。
駒込のスタジオでのリハから、とにかくずっと目を皿にして、サポートの在り方を観察。

本当に大変なのは0時、新年を迎えた瞬間から。
きっかり新年から、全ての責任が委ねられるのです。

19時30分、公演スタート。

ライブは順調に進み、1st、2ndと、ただ傍らで見守るのみ。

午前0時に近付くにつれ、ライブの熱も高まって行くようだ。

そして23時55分、スピーカーから時報が流れ出し、今までの熱がウソのように会場が静まり返った。
とても静かな口調で今年一年を振り返り語る伊東さん、安藤さん。

時報は刻一刻と新しい年へ向かって進む。

そして

「5!4!3!2!1!Happynewyear!!」

ワーッ!!と数百人の歓声と大音量の中、則竹さんがヒョイッと後ろを振り向いた。

「潤ちゃん、これから宜しくね。」

最高に笑顔で、スッと差し出された手。


信頼のみでしか成立しない関係。できる限りの全てで師匠に応えようと決意した日。


あの時の握手は一生忘れないと思う。


posted by サイトウジュン at 20:37| Comment(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月14日

第十六話 則竹裕之氏現る!

どうも、サイトウジュンです。

エレベーターから降りてきた則竹さん、体格は自分と大体同じ。
本当に仏様のような笑顔で「どうも初めまして、則竹です。」と差し出した手のひらは、見た目の華奢な印象とは違って歴戦の打楽器奏者の厚さ。
よく見れば、腕から肩にかけての筋肉はアスリートのように締まっている。

すげえよ、隠れ超マッチョだ!

挨拶もそこそこに、先ずは組み上がったセットをチェックに入る則竹さん。
ドラムスローンに座った瞬間、仏のようなニコニコ笑顔が一変…眼光が鋭くなり、近寄りがたい雰囲気というか、オーラというか…

正直な話、余りのプレッシャーに心臓がギュ〜ゥ…。

これがプロドラマーなのですね!



しかし後々、それがプロドラマーによるとかそういうレベルの話ではない事を思い知るのです。
posted by サイトウジュン at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

第十五話 こんなにも違う物だとは…

1999年12月某日、駒込のとあるプロユースのスタジオ。
引き継ぎの為に仕込みからお邪魔する事になり、御本人より一足先に現場へ。

先ず最初にショックを受けたのはドラムセットの素晴らしさ。
学生時代に使っていた物や、街のスタジオのくたびれたセットしか見たことがなかったので、プロの機材を目の当たりにした時、とにかく驚嘆した。

シェルの美しさは勿論の事(新品じゃないのに傷が全く無い!指紋も無い!!)何よりハードウェアの統一感が素晴らしい。(当時は全てTAMA製品だった)
そしてかなりの物量であるにも関わらず、コンパクトに、綿密に計算された配置。
床に敷かれたグレーのリノリウムマットに黒いガムテープで配されたバミリも見た事が無い位の数。まるで設計図。とにかく無い無い祭じゃ〜!ワッショーイ!!!

1時間程で組み上がったその姿、外側からは要塞のように、見る物を圧倒する反面、演奏者側から見ると、それは繊細な、まるでコックピットだ……

溜め息が出た。
来年からこれを俺が組むのかー!

ウハーッ!!かっけーっ!!!

ライブのレーザーディスク(当時はまだDVDなんて無いのよ)やアルバムは幾つかチェックしていたけれど、実際にコンサートを観に行く程には興味が無かったあの頃、この機材を目の当たりにして則竹裕之氏の虜になってしまった。


まだ本人には会ってもいないのに。
大丈夫か?俺、鼻血でも出てしまうかもしれん…
posted by サイトウジュン at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

第十四話 弟子入り。

ASDC(熱海湘南ドラムカンパニー)の基本理念とは

■1mmの誤差が命取り。
■機材は我が子。傷を付けたらどうなるか分かってるんだろうな、おぉ?

この2つ。
とてもシンプル。

どうも、サイトウジュンです。

1999年秋、T氏の計らいで、無事に弟子入り内定する事ができた。
12月後半の初対面に向けて、毎晩遅くまでジョッキを片手に「ドラムセッティングと機材の積み込みのメカニズム」についてかなりマニアックな講義が開かれた。
さすが経験者だ。
マニアック過ぎる!

それにしてもなぜ「内定」なのか?

先ずは先代ローディーに面通しして、意思表明。
そこで、どの程度やる気があるのかの確認を取られる。
ファン根性剥き出しの人が志願する可能性もあるからだろう。
でも俺の場合は、数代前の弟子からの紹介だったので、それ程問題ではなかった。

後は御本人様に会って、直接許可を貰うだけ。

この頃の緊張感は今でも鮮明に思い出せる。
油断すると口から心臓が中途半端に出てしまいそうな、気を抜くと箸で上手にゴハン粒が摘めなくなるような。

とにかく微妙に落ち着かない数週間だった。
posted by サイトウジュン at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

第十三話 結局のところ、周りの恩恵によって生かされてきたに違いない。

ちと更新が疎かになってしまったの。
記憶の墓地を掘り返すのもなかなか骨の折れる作業なのだよ。

どうも、サイトウジュンです。


ほぼ毎晩に渡る、彼との最強に前向きな会合と平行して、もちろん音楽的な活動は続けていたのだが、やはり独学には限界があった。

(生まれながらに才能を賜った人達は例外だが。)


夏が旅支度を始め、秋の足音が聞こえて来そうなある晩、酒の勢いも手伝って思わず言ってしまった。

「則竹さんの付き人をやりたい…うむ、やりたい…うむ…(泥酔)」

「技術的な向上」を図るには、本気でそれ以外に道がないと思ったのだ、おそらく。
唯一無二となってしまっていた取り柄、死ぬまでこれを続けたいのか?
それは正直な話、よく分からなかった。
当時の俺はあまりにも若輩で、周囲は素晴らしく一流だった。

普通ならば、酒の席、酒の勢いの、そんなにおもしろくない冗談で済んだだろうと思う。

しかし、二つ返事で彼は言った。

「俺、来週打ち合わせで会うからよぅ、聞いてみるよ。時期的にも丁度いいんじゃねぇかな?」


おっと…
超タイムリーだ。話が大きくなってしまったぞ。

俺の人生が一気に別次元まですっ飛んでいく瞬間。
分岐点には必ずT氏がいる。

今思えば、成るべくして弟子になったのかもしれん。
posted by サイトウジュン at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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